夫婦のソーシャルディスタンス?
ちょっとまとまった雪が降ったアメリカ北東部。
アメリカでは昨年もそうだったが、11月のサンクスギビングからホリデーシーズンが始まり、(子供達はハロウィンからホリデーモードに突入?)クリスマス、ニューイヤーと人が集まる時期が日本より長く続く。
当然ながらコロナ感染者が爆発的に増える。。。(昨年もこの時期そうだった)
で。
11月までは週に3回は会社に行くようになっていた夫が、またもや完全リモートワークに逆戻り。オフィスで感染者が出たそうで。。。
仕方ないけどさ。。。
「今週、会社行かないから。」
と聞いて、思わず「え?」と驚いた顔が出てしまう(笑)
悪いとは思うが、四六時中夫が家にいるというのはこんなにもストレスだったのかと改めて感じる今日このごろ。
決して夫婦仲は悪くない。なのにどうしてこんなにも精神的に苦しいんだろう。。。
近所の日本人のママ友さんたちともたまに話すが、やはり「ひとりになれないことがものすごいストレスだ」という人がほとんど。フォトグラファーをしているママさんが言っていた。
「私、一人きりになる時間がないとダメなタイプなんだってわかったわ。」
私もそうだ。学生時代、当時付き合っていた彼氏に「卒業旅行一緒に行こう」と誘われかけて、彼が言い終わるか終わらないかのうちに「一人旅するの。東南アジア。」ってバッサリ切ったことがあるくらいだから。
「別に俺のことは気にしなくていいから」
なんて夫はいうけれど、本当に気にしないで過ごすなんて無理なんだよね。一人だったら昼ごはんなんて残り物ちょっと食べるか食べないか、わざわざ料理なんてしない。洗い物増えるだけだし、作ってる時間に他のことができる。そもそも、「今日昼ごはん何にしよう?」って考えなければならないのが最大のストレスだ。毎日毎日、明日の子供の弁当と夕飯の中身を考えるだけでもいっぱいいっぱいなのに。
中にはお料理大好きで、一日中料理のこと考えて、一日中キッチンに立ってるのが全く苦にならないという人もいるけど、多くの女性はそうではないと思う。私も料理は苦手じゃないけど、好きか?と言われると最近は「NO」かもしれない、そんな感じ。
夫婦にも「ソーシャルディスタンス」って必要だと思う。(もちろんここで言うのはコロナで使われるソーシャルディスタンスという単語とは使い方が違うが。。。)
「社会的距離」を保つには物理的に距離を置くことが最も重要。夫が出て行かぬなら、自分が外に出れば解決するようにも思えるが、基本、主婦は家でやらねばならぬことが山ほどある。たまに買い物やらカフェやらに出かけることは当然あるが、毎日なんて行けるわけがないし、行く必要性もない。
夫が電話会議してるとか、うるさくしたら仕事に集中できないだろうかとか考えると、掃除機ひとつかけるのにもやたらと気を遣う。とにかくペースが狂うのだ。コロナ禍になってから家事の効率が明らかに落ちているし、それもイライラの原因だ。
そして今週は会社でコロナが出たからじゃなく、
「寒いから行くのやめる」
って。子供かよ!!
確かにマイナス10度を下回る気温の予報も出てるので、朝は道路が凍結して危険とか、まぁ色々あるんだろうけどさ。。。やれやれ。
ちなみに、「旦那さんが出勤すると困る」というママさんが一人だけいた。彼女は米国企業でリモートでフルタイムワークしているが、旦那さんに家にいてほしい理由は「会社に行かれると子供の幼稚園や習い事の送り迎えする人がいなくなるから」だそうだ。日頃から家庭内で「戦力」として働いてるってことか。。。納得(笑)
決して「あなたがいないと淋しいから」ではないらしい。
アメリカでおせち料理を楽しむ
アメリカではクリスマスの方が盛り上がるので、日本のように新年を盛大に祝う訳ではないものの、日本人家庭としてはやっぱりこれをやらないと(食べないと?)落ち着かない。。。
「おせち料理」
自分の首を絞めると分かっていながらついつい毎年用意しちゃう。年々手作りの品が増えていき、自分の限界に挑戦している私。(この時期私はキッチンで修行僧と化す)
今年は最後の買い出し予定の12月30日に車を出そうとしたらエンジンがかからないという故障に見舞われ万事休すかと思ったけれど、何とか今年もやり遂げたー!
かまぼことコハダ、貝の甘露煮、いくらだけ市販品。そのほか12品を手作り。
【手作りしたもの】
栗きんとん
昆布巻き
伊達巻
トマト甘酢漬け(金柑の甘露煮の代わりに)
黒豆煮
海老の旨煮
田作り
花酢蓮根
筑前煮
雑煮
比較的日本食材の手に入りやすいところに住んでるし、買おうと思えばおせち丸ごとオーダーも可能。でも手作りでなるべく飽きが来ない味付けにするとやはり美味しいので、つい頑張ってしまう。
ただ今年はコロナ禍で流通が滞っているためか、クチナシの実(栗きんとんの黄色い着色用)、祝い箸、屠蘇散(屠蘇に入れる材料)は手に入らず。ま、仕方ないか。
でも無いままでもいいし、そこで何か別の方法を調べたりして工夫するのも海外生活の醍醐味だとも思うので。
結局、栗きんとんの色付けはオレンジジュース(意外と爽やかな味!)、お屠蘇にはただの日本酒を入れただけ(笑)
お飾りなども、捨てずに大切に取っておいてまた使う、の繰り返し。ちなみにこの小さい門松は2016年のお正月に買った鏡餅についてきたもの。海外生活ではいつ手に入らない状況になるか分からないので、「和」アイテムは絶対捨てられないのだ(^^;)
さて、元旦にはどっぷりと「和」を堪能し、年末の準備期間からずーっと「和」に浸っていた私は家族以上に「飽きたー!」となってしまうので、翌日は同じおせちの中身でもガラリと雰囲気を変えて盛り付けてみる。
これならシャンパンにも合うかな。
残っていたおせちはパーティー用のカップに入れて iittala の大皿に並べてみた。
かまぼこにはいくらと紫蘇を挟んでアレンジ。
お皿は「山田平安堂」さんの漆器。
CA時代の教官が「お料理は目でも楽しんでいただくことが大切」って言ってたなぁ、と。
ファーストクラスで出されるメインディッシュなどは、メニューが変わるたびに盛り付け方マニュアルみたいなものが出ていて、そこで色々学んだことが今、生きてる気がする。
日頃の食事ではこんなことしないけどね。
クリスマスとか、お正月とか、イベントの時に「今年はどうしようかな」と考えるのも楽しい。
さて、次のイベントは何だっけ。。。
海外でどこまでできるか、また挑戦だな。
アメリカでも広がる「鬼滅の刃」「呪術廻戦」人気
意外と少年漫画が好きだ。
むかーし高校時代、クラスの男子たちが「マスターキートン」とか「パイナップルアーミー」とか「YAWARA」を回し読みしていて、クラスの女子もみんな順番に借りて読んでいたことがあった。
私の家は漫画禁止、テレビもNHK以外禁止だったから(泣)、そのとき借りて読んだ漫画があまりにも新鮮で、感動しっぱなしだったのを覚えている。特に「マスターキートン」の『狩人の季節』の章は好きだったな。。。
とまぁ昔話は置いといて、今はやっぱり「鬼滅の刃」と「呪術廻戦」。
大人になってからは漫画はそこまで読まなくなっていたけれど、息子が小学生になり、ママ友さんが鬼滅にハマり、そこからどんどんママ友に伝播して私も読んだ。気づいたら息子に頼まれてもいないのに、大人買いして全巻揃えてしまい夫に呆れられた(笑)
今住んでいるのはアメリカだが、こちらにも日本アニメの熱狂的なファンは多く、人気に火がつくのは日本より遅いものの確実に浸透していっている。日本グッズを扱うお店にはアニメオタクと思われるアメリカ人の若者(大人も結構いるが)が休日になると列を作ってお店に並び、推しキャラグッズの品定めをしていたりするのを見かける。
日本のガチャやUFOキャッチャーもあり、大のオトナ(ガタイのいい黒人男性とか)が小さなぬいぐるみを取り逃がして「オーマイガーッ!!」と悶絶している様子はクスッと笑えてしまう。
昨年(2020年)夏の時点では、「鬼滅」はまだ高校生や大学生くらいにしか認知度はなくて、息子が冨岡義勇の羽織柄マスクをしていても反応してくれるクラスメイトは稀だったが、今では現地校の小学生の間でも”Demon Slayer"(「鬼滅の刃」は英語でディモンスレイヤーという)を知らない子はいない。映画がアメリカで公開されてからは、現地校のクラスメイトたちのパソコン内のアイコンがどんどん鬼滅キャラに変化していった。
↓日本のコミックスより少しサイズが大きい英語版。
2021年のハロウィン、息子は「黒死牟」の衣装、韓国系アメリカ人のお友達は「煉獄杏寿郎」の衣装を着ていた。(息子は本当は「猗窩座」がよかったらしいが、アメリカ北東部の10月末の気温は一桁台なので、あの上半身裸に近い服装は風邪の元になるので全力でやめさせた)
映画だけでなくNetflixでアニメを見た子も増えたし、近所のアメリカ人ファミリーも家族全員で映画館にいって号泣しました、なんて話も聞いた。(アメリカでは鬼滅はPG15指定のため、親が同伴で観に行くケースも多い)
映画が公開されると一気に認知度が上がる。
日本ではついに「呪術廻戦」劇場版が公開され、話題沸騰中とのことで羨ましい限り!
「呪術廻戦」は英語版でも題名変わらずらしい↓
「呪術廻戦」人気はアメリカではまだまだこれから、といったところだが確実に認知度は上がってきている。
グロ描写が鬼滅並みかそれ以上なので、「呪術廻戦」もおそらくPG15くらいにはなりそうだが、アメリカでの映画公開が今から楽しみだ。
はじめに
「すみれは将来何になりたい?」
どこかのステイ先で、いつも一緒のグループでフライトしていた同期に聞かれて、
「チューヅマかな。。。」
と答えたことがあった。チューヅマ(駐妻)とは駐在で海外赴任する旦那さんに帯同する奥さん(駐在妻)のこと。
「女の最高値は28歳」(だったっけ?)なんて名台詞があったけど、自身はそれをちょっと過ぎた頃だったか。。。
結婚して仕事を辞めるか、転職活動するか、会社に身を捧げるか、色々考える年齢になってきていて、「今後の身の振り方について」そんなことを話題にしていたんだと思う。
よくもまぁそんな薄っぺらい発言したもんだと、自分で言っておきながら今となっては呆れるが、国際線で世界中を飛び回り、飛行機での移動をバス移動とあまり変わらない感覚でいたあの頃の私は、ただ数日ステイしただけですぐに帰ってしまうのがもったいなくて、
「いつかどこかの国に住んでみたい。」
とぼんやり考えるようになっていた。
でも、自分一人で海外に飛び出す勇気も能力も持ち合わせていなかったし、いいかげん「いいお年頃」だったこともあり、「駐在妻」になってみたい、なんて言ったのかもしれない。
結局30過ぎまで独身だったので、自分でそんなことを言ったことすら忘れて生きていたけれど、気づいたら結婚後、夫の駐在に帯同して本当に「駐在妻」になっていた。
学生時代、一年オープンの格安航空券とリュック一つでバックパッカーとなり、航空会社に入ってからも海外に飛んでは帰るの繰り返し。「駐在が決まった」と夫に告げられた時も「あ、そう」くらいな反応だったと記憶している(笑)
そしてあっという間に駐在妻歴も8年を超えた。
いろんな人と出会って、いろんな経験をした。
旅行や仕事で短期滞在しかしたことがなかった海外が、「生活の場」となったことでいろんなものが見えてくる。
「日本の常識は世界の非常識」
日本で当たり前だと思っていたことが海の向こうの国では全く通用しない。
海外で仕事をする夫はもちろん、駐在妻だってタフでないとやってられない。
ハプニングもひっきりなしだ。
制服を着て空港を闊歩していたあの頃のキラキラとは違うけれど、さまざまなハプニングを乗り越えていく充実感も悪くない。
駐在妻になりたいと言った私にその同期は、
「あぁ、確かにすみれ向いてるかもね。」
と言ってくれた。
現在、アメリカ在住。
全力で(?)駐在妻やってる私の日常と、心の中のつぶやきを吐き出します(笑)
よろしければお付き合いください。